2008年12月31日水曜日

パゾリーニ カザルサ詩集(増補)

(増補)



目次
          
 Ⅲ ハレルヤ        
ハレルヤ  29        
二月  32          
ある少女に  33       
ロマンチェリッロ  34
 Ⅳ フリウーリ舞曲
ある死者の歌  36
ロザーリの祈りに  40
五月の夜  41
スウィット・フールラーナ  43
ナルキッソスのダンス  45
ナルキッソスのダンス  46
ナルキッソスのダンス  47
ナルキッソスの田園詩  48
怪物か、それとも蝶か?  49
Ⅴ コラーンの遺言
盗まれた日々  51
ほんもののキリストが来て  52
コラーンの遺言  53
美しい若者  56
〔脚注〕  57

(増補)







      Ⅲ

 ハレルヤ








        ハレルヤ


         Ⅰ

     ハレルヤ、ハレルヤ!
        四月の日、
       金翅雀が死んだ。
       幸いなるかな
       もう笑わぬ者、
     そして鳥たちと歌声が
     天へと彼を連れゆく。


         Ⅱ

        いまは
       おまえは
      ひかりの子。
 なのにぼくはこの地上におまえの母さんと
     暗闇のなかにいる。


         Ⅲ

       金髪の少年よ
  おまえの母さんは陽射しのなかで
      少女に帰った。
        底に
      その心はあって、
     川原のまんなかで、
     子雀の声となった。


         Ⅳ

      ぼくを夢に見ろ、
    弟よ、ぼくを夢に見ろ。
     ぼくが身じろぎすると、
       ひと吹きの風が
  サレットの柳の葉をそよがせる!


         Ⅴ

    日曜日から月曜日まで
   草一本も変わらなかった
      このあまい世界のなかで!


         Ⅵ

       鐘たちが
     別の空で鳴りひびく
      そして風と木々が
        ささやく
     おまえの身体のうえで。
  でもだれもおまえを覚えていない。
    おまえは欠け落ちている
        世界から
 おまえの母さんの涙だけがいっしょに。


         Ⅶ

        時が
 おまえの胸に触れる、オリーヴの葉枝で
        牧場に
     太陽が触れるように。


         Ⅷ

   蟋蟀たちよ、ぼくの死を歌え!
    歌え声高に野辺の果てまで
       ぼくの死を!















        二月






   葉が落ちてあったのは大気、
   用水路、掘割、桑畑……
   遠くに見えた
   澄みきった山々の麓の村々。

   遊び疲れて草のうえに
   二月の日々に、
   ぼくはここに坐っていた、冷えきった
   緑の風に濡れて。

   ぼくは夏に戻ってきた。
   そして、野辺のまっただなかで、
   葉また葉のなんという神秘、
   そして何年が過ぎ去ったことか。

   いま、また二月、
   用水路、掘割、桑畑……
   ぼくはここ草のうえに坐って
   何年もがむだに過ぎ去った。










      ある少女に






   遠くで、きみの肌は
   薔薇によって白く染められて、
   きみは一本の薔薇だ
   生きているけど話さない。

   けれどもきみの胸のなかに
   ある声が生まれたときに、
   きみは黙って運ぶことだろう
   きみもまたぼくの十字架を。

   黙って、屋根裏部屋の
   床のうえを、階段のうえを、
   菜園の土のうえを、
   厩舎の埃のなかを……

   沈黙の小径に迷って
   すでに失われた心のなかに
   言葉たちを抱きしめて
   黙って家のなかを。












   ロマンチェリッロ





       Ⅰ

 息子よ、今日は日曜日、
 そして鐘を長く連打している、
 けれどあたしの心はまるで
 葉の落ちる枝のよう。

 遠くのパーゴラの下で
 チェンチが歌うのが聞こえる
 まだあの子が生きていたときに
 歳月の蕾のなかに。

 ああ、坊や、あたしの心は
 フリウーリの鄙びた田舎町に埋もれてる。


       Ⅱ

 あたしの一生は
 過ぎ去った。
 あたしは嬢ちゃんだった、
 そしておまえは死んだ。

 ああ、なぜにおまえは戻ってくるの
 いまごろ眠りのなかに
 何年ものあいだ
 忘れていたというのに?

 あたしの一生は
 過ぎ去った。
 おまえは坊やだった、
 あたしたちは夢をみる。


       Ⅲ

 牧場は白み
 空は暗く、
 アヴェマリアの鐘の音に
 平安はない。

 ありとある悪のなかでも
 あたしが思い出すのは、
 睫毛のあいだの光り
 そして胸のなかの闇、

 恐怖、愛さぬこと、
 いまもなお見ておいでか
 この少女を、
 主の御眼は?









(増補)






        Ⅳ

  フリウーリ舞曲






      ある死者の歌


        Ⅰ

  雪は小さなぶどう畑をおおって
     空色の用水堀が
太陽に曝されたチャルニャ山地の姿を映している。
    ぼくは死者たちの
     影からもどる
  今日千九百四十四年一月八日に……
  そして少年たちの叫ぶのが聞こえる。


        Ⅱ

    だれがまだ暮らすというのか
      聖ズアーン街道の
     あの長い壁のうしろの
  凍った大気のなかに失われた日陰に?
      鐘が鳴る。
     ぼくは死んだ。


        Ⅲ

    ああ、厩舎のかたち
     雪で白い屋根
   それに麦藁が空色の大雲を背に、
     石積みの壁をおおう
       乾いた葦……
      ああ、一条の光が
    庇のしたの砂利のうえに……


        Ⅳ

   そしてぼくはそとに佇む
      雪のうえに。
  なかではスティエーフィンが
   牝牛たちの世話をしている、
  なかではスティエーフィンが
      生きていて、
  なかではスティエーフィンが
     葦を剪っている
      切株のうえで、


  なかではスティエーフィンが
    温まって疲れて、
    葦を剪っている、
なかではスティエーフィンが、生きていて、
  片膝をまぐさ秣のうえに押しつけている!


        Ⅴ

 お聞き、スティエーフィンよ、お聞き、
何百年以上もまえか、それともほんの一瞬まえにか
  ぼくはおまえのなかにいた。
 なかにであって、そとにではない、
   膝のうえに顎をのせて
 ぼくは膝を感じ、秣の匂いを嗅いでいた。
   今日ぼくはここにいる。
  そとにであって、なかにではない、
    ぼくは膝を感じないし
   ぼくの身体の熱も感じない。
     今日という日は
  ぼくがあってはならない日だった!


        Ⅵ

       神よ、
      扉をあけ
     斧を投げだし
    足を叩きあわせて
   疲れきって台所にはいる。
       雪が光る
 たったひとりで空色の大雲のしたで。


        Ⅶ

       神よ、
      扉をしめ
     台所に閉じこもる。
  ああ、スティエーフィンの身体よ
なにをするのか、あそこのなかで? あと少しの
     人生が過ぎさった。
ぼくはその理由をいえる……ぼくは見た、虚ろな
  厩舎を、地面に投げだされた斧を、
   そして膝に押しつぶされた秣を……
  あそこにおまえはもういなかった。


        Ⅷ

       神よ、
    だれが歌うのか?
   乙女がたったひとりで、
しばしのあいだ、そしてあとはなにもない。
  その声は雪のなかにとどまる
   目を眩ませる白い菜園の
    鉄条網のうしろに。


        Ⅸ

そしてあすは見るだろう、たったひと筋の雪が
   土手づたいに光っているのを。
彼らは見るだろう、ヴェルスータ、チャサールサ、サン・ズアーンを、
    虚ろな野良の先に、
   空色の用水路の先に、
  軽やかな太陽のもとに。



















   ロザーリの祈りに





   土のなかでは肉は重い
   空のなかでは光になる。
   哀れな若者よ、目を伏せるな、
   腰のなかで影が重かろうと。

   軽やかな若者よ、笑え、おまえは、
   おまえの身体のなかで
   熱くて暗い土と
   そよ風と、澄んだ空を感じながら。

   貧しい教会のまっただなかでは
   おまえの闇は罪に満ちている
   だがおまえの軽やかな光のなかでは
   無垢な者の宿命が笑っている。














    五月の夜





     Ⅰ

おまえの衰えた目のなかに
血走った皺の
網のなかに
ぼくは見ない、過去を。

見るのはただ暗い歳月と
忘れられた夜々と
日々のない時のなかに
埋もれた情熱ばかり。


     Ⅱ

おまえの身体はとどまっている
日溜まりのあそこ、ポーチに
幸いなる数日間
死の蕾に満たされながら。

おまえの身体は、けれどもおまえ、老人よ、
おまえは誰なのか、そこで、魅せられたかのように、
凍った涙みたいに映る
そんな目をして?


     Ⅲ

いえーっ、白い泉の灰色の
水のなかのおまえを見るがいい、
あそこのしたの底の底で
ひとりの少年が歌っている。

榛のき木林のまんなかで歌っている
おまえの息子みたいに美しい少年、
その映る姿が輝いている
静かな用水の水面に。




宿命なしの人生よ、
身体とともに運びさられた。
父親となった息子によって
竈から未耕地へと。

キリスト教徒の人びとよ、身を屈し、
このまったき静けさのなか、
十字架より降り来る、
かぼそい声を聴け。














  スウィット・フールラーナ




      Ⅰ

少年が鏡のなかをのぞきこむ、
彼の眸が黒ぐろと笑いかえす。
気がすまずに裏側をのぞく
身体かどうか見にその姿を。

でも見えるのはただ滑らかな壁か
それとも意地わるな蜘蛛の巣か。
陰気にまた鏡のなかをのぞきこむ
彼の姿を、ガラスのなかの仄かな光を。


      Ⅱ

ぼくは少年だ、ぼくは鏡のなかをのぞきこむ
すると思い出がぼくに軽やかに笑いかける、
青あおとしたぼくの人生の思い出が
黒ぐろとした岸の草地みたいに。

けれど気がすまずに裏側をのぞく
ぼくのどこか痛むのか見に。
仄かな光が、ある、仄かな光、
ただ仄かな光の白だけがある……


  Ⅲ

そこ、ガラスの裏側で、炎をあげて燃える
死んだ野辺のまんなかで
光の故郷のなかで、ひとつの鐘が
近い心のなかで、遠い時のなかで。

光はぼくの生命だ、そして鐘をうち鳴らす
祭みたいにぼくのために裸の空に、
光はぼくの乙女の母だ、そして鐘をうち鳴らす
祭みたいにその澄んだ揺り籠のうえに。


  Ⅳ

鏡の裏側でぼくの乙女の母が
乾いた小径で遊んでいる。
聖母の目草が匂う
無花果と樹脂も新たな樫のあいだで。

珊瑚の首飾りして
土手みちをうれしそうに駆けさってゆく
千九百二年の人生の仄かな
光のなかを、溜め息のなかを……





訳註*  ヴーイ・ダ・ラ・マドーナ/オッキ・デッラ・マドンナ/ノンティスコルダルディメ――つまり勿忘草、別名。












 ナルキッソスのダンス





ぼくは愛で黒ぐろとしている
少年でも鶯でもなく
すっかり全体が花みたいに
意志のない渇望だ。

菫たちに囲まれて起きながら
夜は明け染めていたが、
滑らかな夜のあいだに
忘れた歌をうたっていた。
おのれに言った。「ナルキッソスよ!」
するとぼくの顔をした妖精が
草地を暗くした
その巻き毛の明るさで。








    ナルキッソスのダンス





ぼくは菫ではんのきだ、
黒ぐろと青白い肉のなか。

ぼくは盗み見る、陽気なこの目で
ぼくの苦い胸のはんのきと
ぼくの巻き毛が怠惰にも
岸辺の太陽に光り輝くのを。

ぼくは菫ではんのきだ、
黒と薔薇色の肉のなか。

   そしてぼくは眺める、菫が赫くのを
   重たく心地よくぼくの柔らかい
   蝋燭の明かりのなかに
   桑の木の小陰で。

   ぼくは菫ではんのきだ、
乾いて柔らかい肉のなか。

   菫はよじってその明かりを
   柔らかくはんのきの固い横腹に
   そして青い烟に姿をうつす
   ぼくの貪欲な心からわいた水の烟に。

ぼくは菫ではんのきだ、
冷たくて生温かい肉のなか。










  ナルキッソスのダンス







   ああ、ぼくの肩よ、
 ああ、ぼくの青ざめた
 顔よ、菫の黒とともに、
 竈のそばで
 あるいは厩舎のなかで、
 ひとりでに輝くな
 サーイニスやブローイリでのように……

   あちらでは太陽が
 (大蝋燭が
 清純な愛の死ゆえの)
 ぼくの黒い眸のガラスを
 燃えあがらせる
 花みたいにおどおどと。








  ナルキッソスの田園詩


  昨日、祭の晴れ着をきて
  (けれど金曜日だった)
  ぼくは出かけた、柔らかな
  牧場と灼けた野辺へ。
  ぼくは両手を入れていた
 ポケットに…… 十四歳!
  熱い身体の美神!
 ぼくはおのれの腿を触っていた
ズボンのくっきりした折り目のしたを。

  ある声が歌っていた
  ポプラ林の木蔭で。
  ぼくは叫んだ。「ほおい!」
  仲間かと思って……
  ぼくはあそこの近くまで行った
 すると金髪の少女だった……


  いいや、若い女だ
 緋色のシャツを着て
霧に覆われてたったひとりで草を摘んでいた。

  ぼくは隠れてぬすみ見た……
  そして彼女の場所にはぼくがいる。
  ぼくは見る、ポプラの枝のしたに
  根っこのうえに腰をおろしたおのれを。
  飼葉槽の底みたいに漆黒の
 ぼくの母さんの眸を、
 真新しい服のしたで
 光っている胸を、
そしておなかのうえにおかれた片手を。







  怪物か、それとも蝶か?





     Ⅰ

晴天の一頭の蝶だ
ぼくの胸の空のなかを舞っている。
影ひとつない天上の蝶が
空色の静脈の闇のなかを舞う。

いいや、晴天の一匹の怪物だ
そしてかれの天上は毒だ。
ぼくの目のなかで凍りつく光が
熱い、かれの裸の眼のまえで。


     Ⅱ

いいえ、乳色の蝶だ、
ぼくの夏のなかの夏の真白。
その快活さで彼女だとぼくは気づく、
とまっても飛びさっても快活な彼女だと。

いいや、ぼくのなかでどんどん大きくなる怪物だ
見知らない心のなかにひろがる黒雲のように。
ぼくにはほんの一瞬姿を見せて……
それから姿を消してぼくを驚かす。


     Ⅲ

いいえ、ビロードの蝶だ
少年のぼくが菫色で画いた。
ぼくの菫たちのあいだに菫色にとまる
変わらない時の膝のうえに。

いいや、労苦の怪物だ、
諦めるときにとどろく叫びだ。
なにもかもに反対し、いっさいのそとにいて、
少年のぼくの花という花を汚してゆく。


     Ⅳ

いいえ、美神の蝶だ。
ぼくの胸から腿へと飛ぶ。
彼女とならぼくは同じように暮らせる
たとえ彼女がぼくのそとへはけっして出てゆかなくても。

いいや、希望の怪物だ
チャサールサの絶望した虚ろのなかに棲む。
かれはぼくを大人にしてくれない、けっして体験しなかった
のではないかという露わな疑いゆえに。










(増補)





        Ⅴ


  コラーンの遺言





    盗まれた日々



ぼくら、貧しい人間には、わずかな時しかない
青春と美神の時は。
世界よ、おまえはぼくらなしにやっていける。

生まれついての奴隷、それがぼくらだ!
けっして美しかったことのない蝶たち
時という繭のなかで死んだぼくら。

金持ちはぼくらに時を支払わない。
ぼくらの父親やぼくらによって
美神から盗まれた日々を。

時の断食に終わりはないものか?











 ほんもののキリストが来て





ぼくは夢をもつ勇気がない。
菜っ葉服のブルーとオイル汚れ、
ほかになにがあるものか、工員のぼくの心のなかに。

工員よ、はした金のために死んでいる、
心よ、おまえは菜っ葉服を嫌った
そしておまえのもっとも真実の夢を失った。

夢をもった少年だった、
菜っ葉服みたいにブルーな少年は。
工員よ、ほんもののキリストが来て、

おまえにほんものの夢をもつことを教えるだろう。















  コラーンの遺言







あの一九四四年という年に
ぼくは作男をやっていた、ボテールス家の。
あの年はぼくらの聖なる時だった
義務という太陽に灼かれて。
黒雲が竈のうえにたれこめて
白い染みが空のなかにひろがって
恐ろしくもあり楽しくもあった
鎌と槌を愛するということは。

ぼくは十六歳の少年だった
心は粗く無軌道で
目は灼熱した薔薇みたいで
そして髪は母さんゆずりの髪だった。
ぼくは始めた、ボッチェ・ゲームを覚え、
巻き毛に油を塗り、祭ごとにダンスに出かける。
黒ぴかの靴! 薄い色のシャツ!
青春よ、よそ者の土地よ!

あのころ蛙つりに出かけた
夜中にカンテラと銛をさげて。
リーコは血に染めた、葦原と
草むらを、赤いカンテラで
骨を凍らす暗闇のなかで。
シル川では小魚が
何千匹も淵で見つかった。
ぼくらは大声を立てずにゆっくりと進んだ。

ポプラの小森のなかで
食べおわるやすぐに集まった
少年たちの一団全員が、
そしてそこでぼくらはしばしば悪口を叩いた
まるで鳥たちが囀るかのように。
そのあとぼくらはカード遊びをした
とうもろこし畑の小陰で。
母さんと父さんは亡くなっていた。

日曜日には、粗野な心の男たちは、
自転車にのって走りさり
値うちのない魅惑の館へおもむいた。
ある晩ぼくはネータを見かけた
小森の木漏れ日のなかを
牧場へ牝羊をつれゆく彼女を。
その小枝をふりふり彼女は
絹みたいな大気をゆり動かしていた。

ぼくは草と堆肥と
ぼくの熱い革の胸のなかで
あきらめた汗の匂いがした。
そして履いたズボンは
脇腹で、夜明けから忘れられ、
欲望を隠さなかった
まどろんだ明け方に膨らみ
雨の涼気なしの夜々に膨らんだ欲望を。

ぼくは初めて味わった
十三歳のあの少女と
そして熱情に漲って逃げだした
仲間に話して聞かせるために。
土曜だったのに、犬一匹
町なかにはいなかった。
セラーンの家が燃えていた。
家並みの明かりはみな消されていた。

広場のまんなかにひとりの死者が
凍った血溜まりのなかに倒れていた。
まるで海みたいに人けのない町なかで
四人のドイツ兵がぼくを捕らえて
哮り狂って喚きながらぼくを連れてゆき
物陰にとめてあったトラックに小突きあげた。
三日後にやつらはぼくを縛り首にした
居酒屋の桑の木に。

ぼくのこの姿を遺贈する
金持ちたちの良心に。
虚ろな眼窩と、ぼくの粗野な汗の
匂いをはなつ衣服とを。
ドイツ軍に対してぼくは恐れはしなかった
おのれの青春を漏らすことを。
貧しい人びとの無辜と
勇気と、苦しみと、万歳!













   美しい若者



美しい若者が   ティリメーントの川岸にたたずみ
小犬がほえていた   かれもうれしそうに。
そこに   パローンがとおりかかる。  「おーいおい、美しい若者よ、
百フランクスはらうぞ   おまえのその陽気なこころに。」
「ふい、はい、パローンさま、   百フランクスならさしあげましょう、
ぼくはやっぱり陽気でしょうよ、   もう笑わなくっても。」
七ヵ月たって   美しい若者が
ティリメーント川の岸に立って、   小犬は丸くなっている。
そこに奥さまがとおりかかって   見る、彼の美しい巻き毛が
太陽にきらめいて   ナルキッソスの花のようなのを。
「おまえのその黄金色の巻き毛を、   あたしにくれるなら、
美しい若者よ、おまえに   仕事の口をせわしてあげよう。」
「奥さま、みんなどうぞ、   ぼくらは貧乏人だから
巻き毛なんかなくったって   ぼくらはやっぱり平気です。」
そしてすっかり満足して彼は   ティリメーントの橋へゆき
背中にしょって運ぶ   あの大きなセメントのブロックを。
七ヵ月たって   橋が完成し
若者はこころのなかで   いっそう傷ついていた。
「なにをしているのだね、ここトリエーストで、  内気な美しい若者よ?」
「ぼくは失業して   おのれの十字架を背負っている」
「おまえの健康をおくれ、   仕事をあげるから」
「ぼくの健康をとってくれ、   やっぱり食べなくてはならないから」
哀れな鐘よ、鳴りひびけ、   アイマリーアの鐘よ、鳴れ、
若者が帰ってくる   憂いに満ちて。
哀れな鐘よ、鳴りひびけ、   夜明けの鐘よ、鳴れ、
いまはもう年老いた   あの美しい若者は。



 訳註* むろん、 パローン/パドローネは世にいう旦那、親方、地主、資本家、有力者。



フリウーリ語詩からの〔パゾリーニ自身によるイタリア語訳詩の脚注〕

(29頁)ハレルヤ。―― Ⅰ.ハレルヤ、ハレルヤ! 四月の日、金翅雀が死んだ。幸いなるかな、もう笑わぬ者、そして鳥たちと歌声が、天へと彼を連れてゆく。
Ⅱ.いまは、おまえは光りの子。なのにぼくはこの地上に、おまえの母さんと、暗闇のなかにいる。
Ⅲ.金髪の少年よ、おまえの母さんは陽射しのなかで少女に帰った。底に彼女の心はあって、川原のまんなかで、子雀の声となった。
Ⅳ.ぼくの夢を見ろ、弟よ、ぼくの夢を見ろ。ぼくが身じろぎすると、ひと吹きの風がサレットの柳の葉をそよがせる。
Ⅴ.日曜日から月曜日まで草一本も変わらなかった、この甘い世界のなかで!
Ⅵ.鐘たちが別の空で鳴りひびく、そして風と木々がおまえの身体のうえでささやく。でも誰もおまえを覚えていない。おまえは世界から欠け落ちている、おまえの母さんの涙だけが一緒だ。
Ⅶ.時がオリーヴの葉枝でおまえの胸に触れる、牧場に太陽が触れるように。
Ⅷ.蟋蟀たちよ、ぼくの死を歌え! 歌え声高に野辺の果てまでぼくの死を!

(32頁)二月。――葉がなくてあったのは大気、用水路、掘割、桑畑…… 遠くに見えた澄みきった山々の麓の村々。
 遊び疲れて草のうえに、二月の日々に、ぼくはここに坐っていた、冷えきった緑の風に濡れて。
 ぼくは夏に戻ってきた。そして、野辺のまっただなかで、葉また葉のなんという神秘! そして何年が過ぎ去ったことか!
 いま、また二月、用水路、掘割、桑畑…… ぼくはここ草のうえに坐って、何年もが徒に過ぎ去った。

(33頁)ある少女に。――遠くで、薔薇に白く染まった肌をして、きみは生きているけど話さない、一本の薔薇だ。
 けれどきみの胸のなかにある声が生まれたときに、きみもまたぼくの十字架を黙って運ぶことだろう。
 黙って、屋根裏部屋の床の上を、階段の上を、菜園の土の上を、厩舎の埃のなかを。
 沈黙の小径に迷ってすでに失われた心のなかに言葉たちを抱きしめながら黙って家のなかを。
(34頁)ロマンチェリッロ。―― Ⅰ.息子よ、今日は日曜日、そして鐘を乱打している、けれどあたしの心はまるで葉の落ちる枝のよう。
 遠くの葡萄棚の下で、チェンチの歌うのが聞こえる、歳月の蕾のなかに、まだあの子が生きていた頃のように。
 ああ、坊や、あたしの心はフリウーリの鄙びた田舎町に埋もれている。
Ⅱ.あたしの全生涯は過ぎ去った。あたしは少女だった、そしておまえは死んだ。
 ああ、なぜにおまえは戻ってくるの、いまごろ眠りのなかに、何年ものあいだ忘れていたというのに?
 あたしの全生涯は過ぎ去った。おまえは少年だった、そしてあたしたちは夢をみる。
Ⅲ.牧場は白み、空は暗く、日没のアヴェマリアの祈りの鐘の音に平安はない。
 ありとある悪のなかでもあたしが思い出すのは(睫毛のあいだの光、そして胸のなかの闇)、
 恐怖、愛さぬこと、いまもなお見ておいでかこの少女を、主の御眼は?

(36頁)ある死者の歌。―― Ⅰ.雪は小葡萄園を覆い、空色の用水路が太陽の光に曝されたカールニア山地の姿を映している。ぼくは死者たちの影の国から戻る、今日千九百四十四年一月八日に…… そして少年たちの叫ぶのが聞こえる。
Ⅱ.誰がまだ暮らすというのか、聖ジョヴァンニ街道の、凍った大気のなかに失われたあの壁の後ろに? 鐘が鳴る。ぼくは死んだ。
Ⅲ.ああ、厩舎の形、雪で白い屋根、それに麦藁が空色の大雲を背に、石の壁は乾いた葦に覆われて……
 ああ、一条の光が砂利のうえに、庇の下の……
Ⅳ.そしてぼくは外に佇む、雪のうえに。なかではステーファノが牝牛たちの世話をしている、なかではステーファノが生きていて、なかではステーファノが切株のうえで葦を剪っている、
 なかではステーファノが温まって疲れて、葦を剪っている、なかではステーファノが、生きていて、片膝を秣のうえに押しつけている!
Ⅴ.お聞き、ステーファノよ、お聞き、何百年以上もまえか、それともほんの一瞬まえにか、ぼくはおまえのなかにいた。なかにであって、そとにではない、膝のうえに屈みこんで、ぼくは膝を感じ、秣の匂いを嗅いでいた。今日ぼくはここにいる。そとにであって、なかにではない、ぼくは膝を感じないし、ぼくの身体の熱も感じない。今日という日はぼくがいてはならない日だった!
Ⅵ.神よ、扉を開け、斧を投げ出し、足を叩きあわせて、疲れきって台所に入る。雪が光る、たったひとりで空色の大雲の下で。
Ⅶ.神よ、扉を締め、台所に閉じ籠もる。ああ、ステーファノの身体よ、何をするのか、あそこのなかで? あと少しの人生が過ぎ去った。ぼくはその理由を言える…… ぼくは見た、虚ろな厩舎を、地面に投げ出された斧を、そして膝に押しつぶされた秣を…… あそこにおまえはもういなかった。
Ⅷ.神よ、誰が歌うのか? たったひとりの乙女が、しばしのあいだ、そしてあとはもう何もない。その声は雪のなかにとどまる、目を眩ませる白い菜園の鉄条網の後ろに。
Ⅸ.そして明日は見るだろう、たった一筋の雪が土手づたいに光っているのを。彼らは見るだろう、ヴェルスータ、カサルサ、サン・ジョヴァンニを、虚ろな野良の奥に、空色の用水路の奥に、軽やかな太陽のもとに。

(40頁)ロザーリオの祈りに。―― 土のなかでは肉は重い、空のなかでは光になる。哀れな青年よ、目を伏せるな、たとえ腰のなかで影が重かろうと。
 おまえは笑え、軽やかな青年よ、おまえの身体のなかで熱くて暗い土とそよ風、澄んだ空を感じながら。
 貧しい教会のただなかではおまえの闇は罪に満ちている、けれどもおまえの軽やかな光のなかでは、無垢な者の宿命が笑っている。

(41頁)五月の夜。―― Ⅰ.おまえの衰えた目のなかに、血走った皺の網のなかに、ぼくは見ない、過去を。
 見るのはただ暗い歳月と、忘れられた夜々と、日々のない時のなかに、埋もれた情熱ばかり。
Ⅱ.おまえの身体は止まっている、日溜まりのあそこ、玄関広間に、幸いなる数日間、死の蕾に満たされながら。
 おまえの身体は、けれどもおまえ、老人よ、おまえは誰なのか、そこで、魅せられたかのように、凍った涙みたいに映る、そんな目をして?
Ⅲ.ああ、見よ、白い泉の灰色の水のなかのおまえを。あそこの下の底の底で、ひとりの少年が歌っている。
 榛の木林の真ん中で歌っている、おまえの息子のひとりみたいな美少年、その映る姿が静かな用水の水面に輝いている。
Ⅳ.身体とともに運び去られた、宿命なしの人生よ。父親となった息子によって、竈と未耕作地の間を。
 キリスト教徒の人びとよ、身を屈め、このまったき静けさのなか、十字架より降り来る、かぼそい声を聴け。

(43頁)フリウーリ舞曲。―― Ⅰ.少年が鏡の中を覗きこむ、彼の眸が黒々と笑い返す。気が済まずに裏側を覗く、身体かどうか見にその姿を。
 でも見えるのはただ滑らかな壁か、それとも意地悪な蜘蛛の巣か。 陰気にまた鏡の中を覗きこむ、彼の姿を、ガラスの中の仄かな光を。
Ⅱ.ぼくは少年だ、ぼくは鏡の中を覗きこむ、すると思い出がぼくに軽やかに笑いかける、生々しいぼくの人生の思い出が、黒々とした岸の草地みたいに。
 けれど気が済まずに、ぼくのどこか痛むのか見に裏側を覗く。仄かな光がある、仄かな光、ただ仄かな光の白だけがある……
Ⅲ.そこ、ガラスの裏側で、昔の、近い心の中の一つの鐘が、光の故郷の中の死んだ野辺の真ん中で炎をあげて燃える。
 光はぼくの生命だ、そしてぼくのために裸の空に祭みたいに鐘を打ち鳴らす、光はぼくの乙女である母だ、そしてその澄んだ揺り籠の上に祭みたいに鐘を打ち鳴らす。
Ⅳ.鏡の裏側でぼくの乙女である母が乾いた小径で遊んでいる。無花果と樹脂も新たな樫のあいだで、忘れな草が匂う。
 珊瑚の首飾りして土手径を嬉しそうに駆け去ってゆく、千九百二年の人生の仄かな光のなかを、溜め息のなかを……
(45頁)ナルキッソスの舞踏。――ぼくは愛で黒ぐろとしている、少年でも鶯でもなく、ただ全身が花みたいに、欲望なしの欲望だ。
 ぼくは菫たちに囲まれて起きながら、空は白んでいたが、同じような夜のあいだに忘れた歌を歌っていた。ぼくはおのれに言った。「ナルキッソスよ!」、するとぼくの顔をした妖精がその巻き毛の明るさで草地を暗くした。

(46頁)ナルキッソスの舞踏。――ぼくは菫で榛の木だ、肉の中の闇と青白さだ。
 ぼくは盗み見る、陽気なこの目で、ぼくの苦い胸の榛の木とぼくの巻き毛が怠惰にも岸辺の太陽に光り輝くのを。
 ぼくは菫で榛の木だ、肉の中の黒と薔薇色だ。
 そしてぼくは眺める、一本の桑の木の小陰で、ぼくの柔らかい蝋燭の明かりのなかで重たく優しく赫く菫を。
 ぼくは菫で榛の木だ、肉の中の乾いた所と軟らかい所だ。
 菫は捩ってその明かりを柔らかく榛の木の固い横腹に、そしてぼくの吝嗇の心から湧いた水の青い烟に姿を映す。
 ぼくは菫で榛の木だ、肉の中の冷たい処と生温かい処だ。

(47頁)ナルキッソスの舞踏。――ああ、ぼくの肩よ、ああ、ぼくの青ざめた顔よ、菫の黒とともに、竈のそばで、あるいは厩舎のなかで、ひとりでに輝くな、サーイネやブローロでのように……
 見よ、あちらでは太陽が(清純な愛の死ゆえの大蝋燭が)花みたいに臆病な、ぼくの黒い眸のガラスを燃え上がらす。

(48頁)ナルキッソスの田園詩。――昨日、祭の晴れ着をきて(けれど金曜日だった)ぼくは出かけた、柔らかな牧場と灼けた野辺へ。ぼくは両手をポケットに入れていた…… 十四歳! 美神の熱い身体! ぼくは腿を触っていた、ズボンのくっきりした折り目の下を。
 ある声が歌っていた、ポプラ林の木蔭で。ぼくは叫んだ。「ほい!」、
仲間かと思って…… ぼくは近寄った、すると金髪の少女だった……
 いいや、若い女だ、緋色のシャツを着て、霧の中でたったひとりで草を摘んでいた。
 ぼくは隠れて盗み見た…… そして彼女の場所にはぼくがいる。ぼくは見る、ポプラの枝の下に、根っこの上に腰を降ろしたおのれを。飼葉槽の底みたいに漆黒の、ぼくの母さんの眸を、真新しい服の下で、光っている胸を、そしてお腹の上に置かれた片手を。

(49頁)怪物か、それとも蝶か? ―― Ⅰ.晴天の一頭の蝶だ、ぼくの胸の空の中を舞っている。影ひとつない天上の蝶が空色の静脈の闇の中を舞う。
 いいや、晴天の一匹の怪物だ、そして彼の天上は毒だ。ぼくの目の中で凍りつく光が熱い、彼の裸の眼のまえで。
Ⅱ.いいえ、乳色の蝶だ、ぼくの夏の中の夏の真白。その快活さで彼女だとぼくは気づく、休んでも飛び去っても快活な彼女だと。
 いいや、ぼくの中で大きくなってゆく怪物だ、見知らぬ心の中に広がる黒雲のように。ぼくにほんの一瞬姿を見せて……それから姿を消してまた驚かす。
Ⅲ.いいえ、ビロードの蝶だ、少年のぼくが菫色で画いた。ぼくの菫たちの間に菫色に休む、変らぬ時の膝の上に。
 いいや、労苦の怪物だ、諦めの時に喚く叫びだ。何もかもに反対し、一切の外にいて、少年のぼくの花という花を汚してゆく。
Ⅳ.いいえ、美神の蝶だ、ぼくの胸から腿へと飛ぶ。彼女とならぼくは同じように暮らせる、たとえ彼女がぼくの外へは決して出て行かなくても。
 いいや、カサルサの絶望した無の中に棲む、希望の怪物だ。彼はぼくを大人にしてくれない、決して体験しなかったのではないかという露な疑惑ゆえに。

(51頁)盗まれた日々。――ぼくら、貧乏人には、時間はわずかしかない、青春と、美の時間は。世界よ、おまえはぼくらなしにやっていける。
 生まれついての奴隷、それがぼくらだ! 時間という繭のなかで死んだ決して美しかったことのない蝶たち。
 金持はぼくらに時間を支払わない。ぼくらの父親やぼくらによって美から盗まれた日々を。
 時間の断食は終わらないのだろうか?

(52頁)本物のキリストが来て。――ぼくは夢をもつ勇気がない。菜っ葉服の青に油汚れ、ほかに何もない労働者のぼくの心のなかに。
 労働者よ、はした金ゆえに死んでいる、心よ、きみは菜っ葉服を嫌った、だからきみの最も真実の夢を失った。彼は夢をもった少年だった、菜っ葉服みたいに青い少年は。労働者よ、本物のキリストが来て、きみに本物の夢をもつことを教えるだろう。

(53頁)コラーンの遺言。――あの千九百四十四年にぼくはボテール家の作男をやっていた。義務という太陽に灼かれて、あの年はぼくらの聖なる時だった。竈のうえにたれこめる黒雲、空のなかにひろがる白い染み、それらは鎌と槌を愛することの、恐怖であり、快楽であった。
 ぼくは十六歳の少年だった、心は粗く無軌道で、目は灼熱した薔薇みたいで、そして髪は母さんゆずりの髪だった。ぼくはボッチェ・ゲームを覚え、巻き毛に油を塗り、祭ごとにダンスに出掛けだした。黒ぴかの靴!薄い色のシャツ! 青春よ、よそ者の土地よ!
 あのころ蛙釣りに出かけた、夜中にカンテラと銛をさげて。リーコは葦原と草むらを血に染めた、赤いカンテラで骨を凍らす暗闇のなかで。シーレ川では小魚が何千匹も淵で見つかった。ぼくらは大声を立てずにゆっくりと進んだ。
 ポプラの小森のなかで食べおわるや少年たちの一団全員がすぐに集まった。そしてそこでぼくらはしばしば悪口を叩いた、まるで鳥たちが囀るかのように。そのあとぼくらは玉蜀黍畑の小陰でカード遊びをした。母さんと父さんは亡くなっていた。
 日曜日には、粗野な心の男たちは、自転車にのって走りさり、値打ちのない魅惑の館へ赴いた。ある晩ぼくはネータを見かけた、
 小森の木漏れ日のなかを、牧場へ牝羊を連れゆく彼女を。その小枝を振りふり彼女は絹みたいな大気を揺り動かしていた。
 ぼくは草と堆肥とぼくの熱い革の胸のなかで諦めた汗の匂いがした。そして履いたズボンは脇腹で、夜明けから忘れられて、雨の涼気なしの夜々とまどろんだ明け方に膨らんだ欲望を隠さなかった。
 ぼくは初めて味わった、十三歳のあの少女と、そして熱情に漲って逃げだした、仲間に話して聞かせるために。土曜日だったのに、犬一匹、町中にはいなかった。セラーンの家が燃えていた。家並みの明かりはみな消されていた。
 広場の真ん中にひとりの死者が凍った血溜まりのなかに倒れていた。まるで海みたいに人けのない町中で四人のドイツ兵がぼくを捕らえて哮り狂って喚きながらぼくを連れてゆき、物陰に止めてあったトラックに小突き上げた。三日後にやつらはぼくを縛り首にした、居酒屋の桑の木に。
 ぼくのこの姿を遺贈する、金持たちの良心に。虚ろな眼窩と、ぼくの粗野な汗の匂いを放つ衣服とを。ドイツ軍に対してぼくは恐れはしなかった、おのれの青春を漏らすことを。貧しい人びとの無辜と、勇気と、苦しみと、万歳!

(56頁)美しい若者。――美しい若者がタッリアメーント川の岸辺に佇み、その小犬が吠えていた、かれも嬉しそうに。そこにパドローネが通りかかる。「おいおい、美しい若者よ、百リラ払うぞ、おまえのその陽気な心ばえに。」「ああはい、はい、パドローネさま、百リラならさしあげましょう、ぼくはそれでも陽気でしょうよ、もう笑わなくっても。」七ヵ月経って、美しい若者がタッリアメーント川の岸辺に立って、小犬は丸くなって寝ている。そこに奥さまが通りかかって、彼の美しい巻き毛が、まるでナルキッソスの花のように、太陽に煌めいているのを見る。「おまえのその黄金色の巻き毛を、あたしにくれるなら、美しい若者よ、おまえに仕事の口を世話してあげよう。」
「奥さま、みんなどうぞ、ぼくらは貧乏人だから、巻き毛なんかなくっても、ぼくらはそれでも平気です。」そうしてすっかり満足して彼はタッリアメーント川の橋へゆき、背中に背負って運ぶ、あのセメントのブロックを。七ヵ月経って、橋が完成したとき、若者は心のなかでいっそう傷ついていた。「何をしているのだね、ここトリエーステで、内気な美しい若者よ?」「ぼくは失業して、おのれの十字架を背負っている」「おまえの健康をおくれ、仕事をあげるから」「ぼくの健康をとってくれ、やはり食べねばならないから」哀れな鐘よ、鳴りひびけ、アヴェマリーアの夕べの鐘よ、鳴れ、若者が帰ってくる、憂いに満ちて。哀れな鐘よ、鳴りひびけ、夜明けの鐘よ、鳴れ、いまではもう年老いた、あの美しい若者は。
                                       了


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